これは、写真ではない。いや、すでに写真なのだが、石川直樹の前に広がる光景は、それほど、すべてが凍りついていた。氷塊に閉じ込められた漁船。じっと、 息をひそめる港。煙突から立ちのぼる水蒸気だけが、辛うじて「写真ではない」と教えている。世界最大の島、グリーンランド。厳冬期ともなると、氷が大地の 8割を閉ざす。人間に許されたのは、わずかに沿岸部のみ。背後には、いかなる生命も存在できない、最強にヤバい荒野が広がる。グリーンランドの内陸氷床 だ。総面積180万平方km、最大3000mもの厚みを誇る巨大な氷の上を、1978年、植村直己は、犬ゾリで縦断した。そして2011年、石川直樹は、犬ゾリの乗り心地がいかに悪いかについて、熱く語っている。むっちゃ速いし、超寒い。F1かよと。‥‥楽しそうである。
封を切って小箱を取り出し、リボンを解くと、中には発売したばかりのオー・ド・パルファム、 N°19 プードレ*が入っていた。
ボトルは、いつもの、四角い素っ気無いあれ。
薬壜を模した、エレガントだけど、素っ気無いあれ。
私が香水を好きなのは、香りというものが、言葉を持たないのに雄弁だからで、加えて、香りという目に見えないものを視覚化する試みがボトルのデザインにおいてなされているところが面白いと思うからなのだけれど、その正反対の理由でシャネルの香水もまた大好きだ。
シャネルの香水壜は、寡黙なところがいい。
嗅ぐまで香りを教えないところがいい。
嗅がぬうちは何も語ることができない。
そんな当たり前のことを教えてくれるところが好き。
香り以外の情報がほとんど削がれていて、嗅ぐ人の嗅覚だけが試される。
語るべきものはすべてガラスの壜の内側にある。
シャネルの香水壜を眺めながら、いつも思うことがある。
見た目でわかることもたくさんあるけど、世の中には、見た目ではわからないこともたくさんある。
それってそんなに悪いことじゃない。
見た目でわからないことは、わからないままでいいのよ。
無理に見えるようにする必要なんてどこにもないのよ。
見た目でわかったら簡単だけど、簡単にわかる必要だってどこにもないのよ。
簡単にわかってもらえなくたっていいのよ。